きたはら邦画

午前0時の旧作日本映画案内

『吹けよ春風』(1953・東宝)

東京の街々を流してまわる優しいタクシー運転手・三船敏郎が、バックミラー越しにみつめる様々な人生の断片──。ユーモアあり、風刺あり、笑いと涙あり。爽やかで心あたたまるエピソードが満載の珠玉のヒューマンドラマ。

ラピュタ阿佐ヶ谷ホームページより引用)

監督:谷口千吉
出演:三船敏郎/青山京子/越路吹雪/小林桂樹/藤原釜足/三國連太郎/山村聰/山根寿子

なにせ脚本は黒澤明と谷口監督の共同である。

そして、三船である。実はいままで三船敏郎、たしかに名優であることは間違いないのだけれど、なんかぼくのなかでひっかからなかった。

しかし、先日の『ジャコ萬と鉄』からぐぐっと興味深く眺めるようになった。ブロマイド買っちゃったよ(ラピュタ阿佐ヶ谷マルベル堂のブロマイドが販売されているのだ)。

ところで、この映画の語り口が「ぼく」なのがとてもいい。俺でも私でもなく、「ぼく」。なんとかわいいことでしょう。しかも三船の顔で、「ぼく」だ。

どうやら主人公のタクシードライバーは妻も子供もいるらしい。そして車を運転すること、ミラー越しに見る人々の人生模様を楽しんでいる。

仕事を楽しむ人情家の男、最高じゃないですか。

だいたいの映画の主人公、みんな不満を抱えているからさあ(笑)。

車に乗りたい! と百円を貯めて乗ってきたガキンチョ集団(大量)、や家出娘なんて放っておけばいいのに助けようとしてしまうところ、子供を失った老夫婦とのエピソード、人気歌手を乗せたときの、手帳に書き付けた歌詞を歌うところなどなど、矢継ぎ早に、「こいついい奴〜!」なお話が続く。人々の物語でありながら、関わった「ぼく」の人柄がどんどん伺え、観客は好きになってしまうという寸法。

胡散臭い三国連太郎(なんとな〜く女っぽいしゃべり)に拳銃で脅され、のサスペンスな場面も見逃せない。結局逃してしまう、しかも車を乗り逃げされてしまう! なんて災難に遭ったりもするが、東京の街を三船は走り回っている。

80分のなかで、さまざまな短編を見ているようだ。

最後の、「戦地から帰ってきた夫、だが実は刑務所に入っていたのを誤魔化すためだった」美しいエピソードで幕を閉じるのもいいのだけれど、最後にあの、めんどくさい家出娘との再会、そして幸せそうな姿に、ちょっと涙ぐみそうになる。

みんな幸せ。

そして乗った人々の人生の一瞬だけ、関わっていく「ぼく」もまた、幸福なタクシードライバーなのだ。